やっぱりトルコは遠い国 〜ひとりごと第54回〜
午後の昼下がりをのんびり1人で過ごしていると電話の音。電話の主は日本に住む姉でした。いつもはメールでやりとりするので電話なんて珍しいなぁ、と思っていると「ファックスを送ってからすぐ電話をかけなおすね。」とのこと。何かなぁ、なんて思っている間もなくファックスが流れ始めてきました。
そこには、「母、がん告知」の文字。それを見ただけで涙が溢れ出てきて他に書かれている詳細が全く読めない状況になってしまいました。
すぐに姉から電話が鳴り、受話器を取ったものの声にならない状態でうなずくのが精一杯。やっと発した「すぐに帰国する!」の言葉に姉は3月末頃の方が良い、との返答。
30分ほど電話で話したにもかかわらず頭の中が真っ白で何を話したか全くわからない状況。こんなに涙が出るものかというほど涙が止まらない。
いつかこういう状況に陥ることは覚悟はしてたけれど、いざその状況に出くわすとどうしていいのかわからない。電話を切った後もただただ溢れる涙をぬぐうのがやっと。この時あらためてトルコの遠さを痛感してしまいました。
滅多に出張などしない主人が、よりによって前日から1週間の出張のため不在。幼稚園から帰ってくる娘の前では気丈に振舞おうと思いながらも涙が止められず、不安なときに、インターネットで知り合った友人達の言葉に随分と肩の荷を降ろしてもらい力強さを与えてもらえました。案の定、娘の前でもメソメソしてしまったものの、寄り添って私に笑顔を取り戻させようとする姿に元気をもらうことができました。
夜中になって(日本の朝)少し落ち着いた気分で、姉に電話をし、もう一度詳細を聞く事に。
姉は自分がそばにいられるから落ち着いてから帰国する方がいいのでは?と私を気遣う。同時にすぐ帰国したいという気持ちもよく理解してくれました。
結局主人の提案もあり、主人の両親がこちらに来て娘の世話をしてくれるということで3月の始めに1人で1週間ほど帰国することにしました。娘とこんなに長く離れ離れになるのは初めてだけど、いつも通り幼稚園に通って頑張ってもらいます。そして、このサイトも帰国中1週間ほどお休みさせていただきますことをお許しください。
私が19歳の時に父が亡くなったけれど、一番悲しいはずの母は気丈に振る舞い、私達娘2人をしっかり育て上げてくれました。いつも元気いっぱいで決して弱音を吐かない母だからきっと一生懸命病気に立ち向かっているはず。
私が弱気になってたらダメですよね。本人が一番辛いんだろうから。倒せ!がん細胞!!人間の治癒の力を信じます。
(2006年2月24日)
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