クルバンバイラムが終わって 〜ひとりごと第14回〜
1月20日から4日間のクルバンバイラム(犠牲祭)が終わりました。(バイラムについてはこちらを参照ください。)トルコの2大宗教祭のひとつであるクルバンバイラムは、もうひとつのシェケルバイラム(砂糖祭)に比べると、随分と静かな感じがします。シェケルバイラムは、1ヶ月間の断食期間であるラマザンがようやく終わり、人々もやっと通常生活に戻れる、という喜びが倍増しているのと、子供達にとっても沢山のお菓子やプレゼントがもらえるという楽しみがあるので、街中がウキウキした雰囲気に満ち溢れています。従って今回のクルバンバイラムの意図するものとは、根本的に異なるお祭だからです。休日が長いために、旅行に行く人や遠くに住む家族のもとに帰省する人達も多く、そういう面では、皆嬉しさを隠せないのですが、クルバンバイラムとは、基本的に神聖なものであり、多くの動物達が犠牲になります。
一般に羊が主に犠牲となり、その肉は方々に配布されます。動物を犠牲にするためには、その動物に最小限の傷みで抑えるために切る方法に技が必要になると同時に、衛生上の観点からもいくつかの条件があります。従って、誰でもどこでも動物を犠牲にすることができるわけではなく、一般に屠殺場やそれに準じたところで行う必要があります。しかし現実には、広場や庭などで屠殺をしていることもしばしばで、最近では役所もそれらの取り締まりを厳しくし始めているようです。
我が家は、生々しいのがちょっぴり苦手なため、お金だけ支払って、お肉は適当に配布してもらうようにしています。以前、屠殺場から血まみれのお肉がどっさり運ばれてきたのを見て、なんとなく気分が悪くなってしまったのです。こんなことではトルコでたくましく生活していけないのですが、つい数分前まで元気だったかと思うとなんとなく食べる気が失せてしまいました。しかも新鮮すぎて匂いも強いのです。私達の身代わりになって犠牲になってくれた羊さんのためには食べることによって成仏してもらえるのかもしれないのですが、、、。もちろん普段は肉屋さんから羊肉を買っておいしく食べているのですが、クルバンの肉は気分的にどうも苦手なのです。
今年も例年通り、フレッシュすぎる肉を見ることなくクルバンバイラムを終えられるかと思っていましたが、近所の人が気を利かせて我が家にお裾分けしてくださいました。紙で包まれているので中身が見えることもないので助かりましたが、しばらく冷蔵庫の中で眠っておいてもらいました。そして賞味期限ギリギリあたりになったので、勇気を振り絞り息を止めながら袋を開けてみると、いつも肉屋さんで買う状態の肉が登場。思わずホッと胸をなでおろしました。こういう状態なら大丈夫!と思い、トマト風味に煮込んでおいしく食べることができました。私の最初のクルバン肉の印象が悪かったので先入観がありましたが、これなら今後はまた別の形でクルバン肉をありがたく食することができそうです。
(2005年1月27日)
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