JP−TR / 日本−トルコ
  
トルコの観光・伝統文化の総合サイト




HOME


各地の天気

レート

話題のニュース


トルコ共和国

観光

生活習慣

生活

人生

伝統習慣

暦(記念日等)

グルメ


伝統

その他

管理人

ひとりごと
(日記/エッセー)

プロフィール



トロイ(Truva/Troia/Troya/Troy)

全般

伝説「トロイの木馬」で知られるトロイは、紀元前3000〜2000年に古代文明の中心地として栄える大都市でした。その恵まれた地理的理由から何世紀にも渡り、戦略上重要な拠点として偉大なる力を持っていました。

しかしトロイ戦争により街はギリシャ人達に占拠され、紀元前1100年〜紀元前700年頃までにはほぼ見捨てられた存在となってしまいました。その後紀元前4世紀頃のアレキサンダー大王の遠征時代に再び活気を取り戻し、紀元前85年頃にはローマ帝国の一部として栄えました。

このように歴史上何度も栄枯盛衰を繰り返したためトロイは何層にもおよぶ遺跡が発見されています。

19世紀までトロイやトロイ戦争は単なる空想と考えられていたにもかかわらず、ホメロスのイリアスの伝説が実在したかどうかを追及するため、1870〜1890年にかけてドイツ人考古学者シュリーマンが発掘し、トロイの伝説が真実であることを実証。しかしこの時多くの宝物や遺跡等を持ち去ってしまったため、現在ではトロイの真実を確認することが非常に困難となり、トルコ考古学史上、大きな痛手となってしまいました。

尚、トロイの地名については、トルコ語では「Truva」、英語では「Troy」、ホメロスのイリアスでは「Troia」、古代の呼び名のひとつとして「Troya」となっています。尚、考古学者達は遺跡を呼ぶ際、主に「Troia」を使用しています。

トロイへの交通

チャナッカレよりミニバス(ドルムシュ)が運行されています。シーズンにより頻度は異なりますが、通常30分〜1時間に1本程度。トロイへは約30〜40分程度。

チャナッカレ長距離バスターミナルからトロイへ行くバスに乗車するには、まずミニバスターミナルへ向います。長距離バスターミナルからチャナッカレのメインストリート(アタチュルク通り/Ataturk Caddesi)に進み、左折後500〜600m歩き、サル(Sari)川にかかる橋のところの右手にミニバスターミナルがあるので、そこから乗車。チャナッカレから約30km。



トロイ遺跡(Truva Oren Yeri) 〜 UNESCO世界遺産

 
トロイの遺跡は長い歴史の中、繁栄と侵略や戦争、火事や地震等により、街は建築と破壊の繰り返しとなりました。

街が滅亡してしまったあとも、地理的好条件から、人々は他に新しい土地を探さず、新たな街を同じ場所に再建し続けたという歴史上の特色から、トロイの遺跡は大きく9層から成されています。

ひとつの遺跡で9つの異なる時代を見ることができる大変貴重な遺跡として、1998年にはUNESCOの世界遺産に指定されました。




9層からなる遺跡の時代経緯は下記の通りです。(時期のあとの色は左の図の色分けを意味します。)

*トロイ第1期(茶)
 紀元前3000〜2600年
*トロイ第2期(黄)
 紀元前2600〜2250年
*トロイ第3期
 紀元前2250〜2100年
*トロイ第4期
 紀元前2100〜1950年
*トロイ第5期
 紀元前20世紀〜18世紀
*トロイ第6期(ピンク)
 紀元前17世紀〜14世紀
*トロイ第7期(緑)
 紀元前1300〜950年
*トロイ第8期(青)
 紀元前700年前後
*トロイ第9期(青)
 紀元前1世紀頃

傾斜のある要壁、下部が石で上部が日干し煉瓦を用いた造りで、敵から守る技術を用いた門は世界最古のものであると共に保存状態の良さも認められています。

トロイ遺跡周辺をトロアス(Troas)と呼び、トロアスにはトロイ以前にも人々が生活していた跡が発見されています。これらは約7000年前のものと考えられています。

紀元前4800年頃、このあたりに村としての定住者があり、人々は農耕をし、果樹を植え、魚を釣って食料としていました。更に銅の存在も知っていたと言われています。

紀元前4000年頃には、別の移住者が現れ、鉛や青銅を使用していたのです。また、羊は食用の肉としてだけでなく羊毛も利用していました。

そうして紀元前3000年ごろから新しい街造りとして要壁を作り始め、現在トロイ遺跡と呼んでいる場所に生活基盤を作り始めたのです。(トロイ第1期)

トロイ人達がこうして要塞のような街造りを始めたのがエジプトのピラミッドよりも約400年前のことです。このように要壁で囲まれた街造りをしたのはこの地方で最初ということになります。

他にも最初に行ったものとして、小麦、大麦の他、グリーンピース、ひよこ豆、ソラマメ等の野菜の栽培です。食用として多種の魚を得ていたこともわかっています。また、ガラスに似た石から鋼鉄のような刃物を作っていました。そして船を造り、エーゲ海やマルマラ海へ交易をし、商業の中心として街は次第に栄えていきました。また、約9万平方メートルの都市はその当時エーゲ海最大のものでした。

紀元前2350年頃に起こった地震は、トロイ遺跡初期の大部分を破壊。

紀元前1900年ごろから再び都市は繁栄し、より大きく美しい家での生活が始まりました。トロイ第5期の邸宅の大部屋は5X10m、つまり50平方メートルのサロンの広さがあったのです。

トロイ戦争が行われたと考えられる第7期の後、トロイの街は再び破壊されましたが、人々は別の地に移住することなくこの地に住み続け、他からやってきた人々と共に街を再建したのです。家並みを修復し要壁内に再び新しい家を建て始めました。遺跡から当時エーゲ海、ローマ、バルカン半島からの移住者が来ていたこともわかっています。

第9期頃には、大理石で造られたアテナ神殿が東側に建てられていたと考えられています。また劇場跡も残されています。ローマ帝国アウグストス皇帝が支配する時代に造られた都市と考えられています。この地はコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を統治する以前の重要な都市のひとつとされていました。この時代に造られたとされるヘレニズム様式のゼウスの頭が現在イスタンブール考古学博物館に展示されています。

トロイの木馬

トロイ遺跡入口には伝説「トロイの木馬」にちなんで木製の大きな木馬が置かれています。(トロイ戦争についても「トロイの木馬」をご参照ください。)

トロイ博物館

トロイ遺跡の入口に小さな博物館があります。ここにはトロイ遺跡から発掘された一部が展示されていますが、トロイ遺跡の多くをドイツ人発掘者達がドイツに持ち帰ってしまったため、現在ベルリンにある博物館でそのほとんどが展示されています。

Tevfikiye Koyu / Canakkale
0286−283−0536
夏8:00〜19:30、冬8:00〜17:00



トロイに関する書籍(日本語版)


*「イリアス〈上〉」ホメロス著
*「イリアス〈下〉」ホメロス著
*「完訳 イリアス」ホメロス著
*「ホメロス オデュッセイア〈上〉
*「ホメロス オデュッセイア〈下〉
*「トロイア戦記」クイントゥス著
*「ヘレネー誘拐・トロイア落城」コルートス著
*「シュリーマン―黄金と偽りのトロイ」デイヴィッド・A・トレイル著

トロイに関するDVD


*「トロイ 特別版 〈2枚組〉」ブラッドピット主演
*「トロイ ザ・ウォーズ
*「ヘレン・オブ・トロイ 特別版



カテゴリー: 観光 − 都市別情報 − チャナッカレ&トロイ・インデックス − トロイ



HOME



©Copyright 2004 JP-TR

お問い合わせ