アンタルヤ観光〈遺跡〉

シデ(Side)
アンタルヤの東65kmに位置するシデは、西暦2〜3世紀に商業都市、特に奴隷売買の街として栄えたシデにはその当時の多くの遺跡が残っています。
一旦、街は衰退したものの西暦5世紀になりキリスト教徒たちによって街は再び蘇りました。その後、アラブ人や海賊達により街は破壊されたものの西暦9世紀になりクレタ島からの移民者達により19世紀後半まで重要な都市のひとつとして栄えました。
ヘレニズムやローマ時代の市壁や門はぺルゲのものと似ており、アゴラや寺院等多くの遺跡が残されています。またアナトリア(小アジア)で最も大きい劇場は西暦2世紀に作られたものでシデの街や海が一望できる素晴らしい景色が広がります。シデとは古語でザクロを意味します。
(アンタルヤ市内より所要約1時間30分)
ぺルゲ(Perge)
アンタルヤの18km東にあるぺルゲは紀元前1500年頃のヒッタイト人の時代にパムフィリア(パンフィリア)の重要な街のひとつで、この街に流れるアクス(Aksu)川はシデとを結ぶ商業ルートとして栄えていました。その後も各時代の支配者がこの街を競って治めるようになりました。
また、聖人パウロも西暦46年に訪れここから彼の最初の説教の旅を始めたとして有名です。このためビザンチン時代にはキリスト教徒にとって大変重要な街として知られていました。
ネロ皇帝(西暦54〜68年)の時代にヘレニズム建築により建造された12,000人収容の劇場、その52mあるステージにはディオニソスの生涯を描く大理石の浮き彫りがあります。34x234mのスタジアム、ベスパシアン皇帝の時代(西暦69〜79年)に作られた大理石の蒸し風呂、西暦4世紀に作られたヘレニズム建築の2つの門とその後方には76m2のアゴラ(商業と政治の中心の場)がコリントスの柱に囲まれるように広がります。
またローマ時代の公衆浴場や門、水のみ場など多くの遺跡が残っていますが、ここで見つかった遺跡の一部はぺルゲ博物館及びアンタルヤ博物館にも展示されています。
(アンタルヤ市内より所要約20分)
アスペンドス(Aspendos)
アンタルヤの東47km、シデの37km西に位置するアスペンドスには世界でも保存状態が最も良いと言われる古代劇場があります。西暦2世紀後半頃(ローマ皇帝マルクス アウレリウス(Marcus Aurelius)皇帝時代)に作られた15,000席ある劇場では、毎夏、アスペンドス国際オペラバレエフェスティバルが開催される他、各種のイベントが開催されています。
アスペンドスの街はヒッタイト人達により作られましたが、その後紀元前333年にアレキサンダー大王が治め、しばらくしてローマ人により多くの建造物が建てられ、西暦13世紀頃にはセルジュク人達はここをキャラバンサライ(隊商宿)として使用していました。アスペンドスの古代都市に隣接し、アナトリア(小アジア)で最も大きいといわれる15kmの水道橋も残されています。
(アンタルヤ市内より所要約50分)
下記もどうぞご一読下さい。
*ひとりごと「第27回 古代劇場でバレエ鑑賞」(2005年7月18日)
*ひとりごと「第86回 英国バレエと夜のアンタルヤ」(2006年7月19日)
テルメッソス(Thermessos)
アンタルヤ市内から22km北東にあるギュルルク/テルメッソス国定公園として保護される標高1650mの山の1050mのところに位置します。
ここにあるテルメッソスの遺跡ははトルコで最もよく保存された遺跡の中のひとつです。テルメッソスとは「山の峠にある要塞の街」と言う意味で、紀元前3000年頃から定住者があったと考えられています。
紀元前333年にマケドニアのアレキサンダー大王がこのあたりに来た時には、テルメッソスの要塞を見て、陥落不可能と感じ攻撃をせず退去したと伝えられています。アレキサンダー大王がアジアへの旅の中で唯一陥落できなかったのがこの街としても有名です。
紀元前2世紀から西暦3世紀がこのテルメッソスの街の最も栄えた期間で、街は5世紀と9世紀に起こった地震のために廃墟となったといいます。
(アンタルヤ市内より所要約30分)
ファセリス(Phaselis)
アンタルヤ市の58km東南に位置するファセリスは紀元前7世紀頃から重要な港として栄えたところで、ここからバラ油やバラの香水、木材などが輸出されていました。
幅20m前後のメインストリートが続き、水道橋や劇場跡等ローマ時代のいくつかの遺跡が残っています。美しい3つの湾に面して位置する国定公園に指定されており、緑深く静かな自然も楽しめます。海と緑と遺跡を身近に楽しめる印象深い場所です。
(アンタルヤ市内より所要約1時間)
カレ(Kale、旧名デムレDemre)/ミラ(Myra)
サンタクロースのモデルとなった聖人ニコラスの教会があることで有名です。この街で彼は逝去し、この教会に葬られました。彼の命日である12月6日は聖人ニコラスの日として世界中からこのカレにある教会を参拝しにやって来ます。彼の遺骨は1087年にイタリア人により盗難されましたが、一部はアンタルヤ博物館に展示されています。1983年に世界最初のサンタクロース・シンポジウムが開催されて以来、毎年世界の宗教関係者や学者達を交えてのシンポジウムが開催されています。
リキア時代の遺跡がよく保存されている地域でもあり、岩壁に作られた王墓や2世紀の劇場などが見学できます。現在カレは地中海地方の重要な農業地域として栄えています。またケコワやシメナなどへのボートトリップも運行されています。
(アンタルヤ市内より所要約2時間45分)
ケコワ(Kekova)

海の底に沈んだ古代都市セメナ(Semena)の遺跡をボードから見学することができる非常に興味深い観光地です。リキアの街として紀元前4世紀ころに作られたシメナは西暦2世紀の地震により街が海の底に沈みました。
周辺には古代の石棺も多く残されています。澄んだ海水を通して住居跡などの一部が見られます。また遊泳可能地域に停泊し海水浴も楽しめます。シュノーケリングがあれば遺跡を間近に見られます。水着の用意をお忘れなく!
(アンタルヤ市内より所要約3時間30分)
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