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カレッタカレッタ亀(Caretta Caretta)

 

カレッタカレッタ亀は絶滅危惧種として指定されており、大きな頭と赤みがかった甲羅と黄色と白の混じった腹部が特徴で体長70cm〜2m、体重77〜165kgの大きさです。5月から9月にかけて巣づくりのために地中海にある特定の数ヶ所の美しい海岸(トルコにおいては、ダリヤン、パタラ、ベレク等)へやって来ます。産卵は夜に行い、深さ60〜70cmの巣に50〜150の卵を産みます。(一般に1シーズンに2〜3度の産卵を行います。)45〜75日間の孵化期間の後、赤ちゃんが誕生(写真真ん中と右)。しかし大人に成長するのは1,000分の1〜3の確立と言われています。



リキア人 / リキヤ(Likya) / リキア

 

リキア人に関する詳細な文献は残されていませんが、ギリシャ人同様、もしくはそれ以上と言われる聡明な古代文明を築いた人々であることは間違いありません。

リキア人達は発見された遺跡や土器から紀元前4,000年にはアナトリア(小アジア)に定着し、紀元前2,000年には独立国家を築いていたと考えられています。リキや人に関する最初の書物は後期青銅器時代(紀元前1500〜1200年頃)に古代エジプト人やヒッタイト人によって書かれたもので、その後、ギリシャの吟遊詩人ホメロスもリキア人について記述しています。

リキア人達は現在のアンタルヤからフェティエまでの山と海に囲まれた地中海最高の景色を持つ地域に住み、自由と独立をモットーに人類最初の民主主義的なリキヤ人連盟を作り上げたとして知られています。例えば古代ギリシャ人達はそれぞれの街や領土を守りながら拡大していくためにギリシャ人同士であっても戦いを続ける中、リキア人同士は平和を重んじそれぞれの街を尊重しながら楽しく生活していたと言われています。ローマ帝国が進出してきた時代にも、リキア人の領土が最後まで合併しなかったと共に合併後もローマ帝国とうまく融合しながら独立したリキア人連盟の政治的機能を果たしていたのです。

リキア人達の住んでいた地域は周辺の人達が羨む地域であったため、常に外敵の攻撃を受けることとなりました。古代ギリシャ人達はリキア人達の住む各地を何度も激しく攻撃し占領しようと試みましたが失敗を重ね、唯一植民地化できたのはファセリス(Phasellis)の街だけでした。その後ヒッタイト人、アレキサンダー大王、ローマ帝国の緩やかな占領されながらも23都市がリキア人達の国家として独立的立場を持って形成されました。しかしながら西暦1世紀および2世紀に起こった大地震によりリキアの街は大被害を受け、その後は衰退の道をたどる事となります。しかも、サンタクロースのモデルとなった聖人ニコラスの登場によりこの地域は次第にキリスト教徒が定住するようになり、その後セルジュク人やトルコ民族の定住によりリキア連盟は完全に消滅することとなりました。



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