アンカラ観光〈市内及び近郊〉
アタチュルク廟(Anitkabir)

記念碑の丘と呼ばれるアンカラ市の中央に位置する小高い丘の上にトルコ建国の父アタチュルクの壮大な霊廟が建っています。彼の成した偉大なる功績を称えるために1953年に9年の歳月をかけ建設されました。彼の逝去した1938年11月10日以降しばらくの間は、アンカラにある民族博物館に埋葬されていましたが、15年後の命日にこちらに運ばれました。アタチュルク廟の敷地に入ると静穏、権力、保護などのシンボルである24頭のヒッタイトのライオンの彫刻が出迎え、4万人収容可能な勝利の広場まで続きます。アタチュルクの廟の建物に通じる階段の中央にはアタチュルクの有名な言葉「主権は無条件に国民に属する」という言葉が刻まれています。そして建物に入ると緑と金色で飾られたモザイクの床の下にアタチュルクが埋葬されています。アタチュルク廟に隣接してアタチュルク博物館があり、彼の所有物や記念品、衣装、手紙、写真などが展示されています。
9:00〜17:00(博物館は月曜休み)
アナトリア考古学博物館(Anadolu Medeniyetleri Muzesi)

アンカラ城砦の麓に建つ1968年に開館されたこの博物館の展示品は歴史上非常に貴重なものばかりで、1977年にはヨーロッパの博物館の中で最高の賞を受賞しました。建物は15世紀に貴金属の市場として使用されていたところを博物館に改装したものです。展示物は旧石器時代から年代順に陳列されており、世界で最初に集落を作ったとして知られるチャタルホユク(Catalhoyuk)の再現の展示もあり有史以前の人々の生活をうかがうことができます。この博物館ではアナトリア(小アジア)の先進的歴史を垣間見ることができるでしょう。
8:30〜17:15(冬季は月曜休み)
民族博物館(Etonografya Muzesi)
セルジュク時代やオスマントルコ帝国時代を中心に現代までの民族衣装や民芸品、生活用品等が展示されています。トルコ各地で作られた地方色豊かな絨毯やキリムの展示、陶器や木製品のコレクション等も陳列されています。また、ここはアタチュルク廟が完成するまでの間、彼の遺骸が安置されていたところでもあります。
8:30〜12:30、13:30〜17:30(冬季17:00)(月曜休み)
絵画彫刻博物館(Resim ve Heykel Muzesi)
1927年に開館した19世紀から現代までの作品を展示する博物館です。入場無料。
8:30〜12:00、13:00〜17:00(月曜休み)
独立戦争博物館(Kurtlus Savasi Muzesi)
1915年に建築されたこの建物は元来、オスマントルコ帝国の反対党であるイッティハト テラッキ党(Ittihat ve Terakki)の集会場として使用されていました。そのためトルコ共和国を建国する際に重要な拠点となり数々の集会がここで開催され、独立戦争がここで計画され、ここから指揮されたのです。共和国建国し、新しく国民議会が建設された後、党の本部として使用され、1961年に独立戦争博物館として開館されました。ここには共和国建国のための多くの書類や写真等、歴史を動かした現場を実感できる展示物が陳列されています。
9:00〜12:00、13:00〜17:00(月曜休み)
アンカラ城砦(Ankara Citadel)

978mの岩肌の丘の上にあるこの城砦はヒッタイト時代に守備兵を置く駐屯地として建てられました。その後、時代とともに修復されながら現在の状態に保たれています。城砦の内側はアンカラで最も古い居住地域で、狭い路地に古い家並み、レストランやバー、おみやげ店などがあります。
アウグストス神殿(Augustus Tapnagi)

紀元前2世紀にフリギア人の神が奉納されていた場所に、ガラティアの王ピラメネス(Pylamenes)によりアウグストス帝に忠誠心を示すため西暦10年に造られせた神殿です。当時は15本の柱が8列並び、壁にはラテン語とギリシャ語でアウグストスの偉業の数々が刻まれていました。その後ビザンチン時代には教会に改装され、15世紀のセルジュク時代にはハジ バイラム モスク(Haci Bayram Camii)が隣接して建てられました。現在は2つの壁とドアが残っているだけです。
ローマ風呂(Roma Hamami)

西暦3世紀にカラカラ帝が薬の神アスクレピオス(Asclepios)に捧げるために造らせた蒸し風呂です。80X130mの大きさがあり、その中にはプール(風呂)、冷室・中温室・温室、脱衣所等があり約500年間利用されていたものです。現在は土台と1階部分が残っています。
ジュリアヌスの円柱(Julianus Sutunu)

西暦362年にジュリアヌス皇帝がこの地を訪れた時に建造させた15mの円柱です。
ローマ劇場(Roma Tiyatrosu)
西暦2世紀に建設されたローマ劇場は、1982年に偶然に発掘されました。舞台部分が発見され、発掘された彫刻などの遺跡は現在アナトリア考古学博物館に展示されていますが、観客席部分等多くの部分は現在発掘中です。
ヤズルカヤ(Yazilikaya)
ヤズルカヤはヒッタイト帝国の首都であったハットゥシャの北東2km、アンカラの東170kmに位置します。ヒッタイト人達はヤズルカヤに自然の岩を利用した神殿を作りました。紀元前15〜13世紀にかけて作られたと考えられるヤズルカヤの神殿は、大小2つの聖域を持つ屋根のない神殿で壁となる岩肌に神々の姿が刻まれています。
大きい方の神殿には2つの神の行列が刻まれ、ひとつは男性の神、もうひとつは女性の神の行列です。東壁の女性の神々は長いドレスをまとい円柱型の帽子をかぶり、西壁の男性の神々のほとんどは半丈を着用し円錐型の帽子をかぶり耳にはイアリングを付け、剣や盾を持っています。それぞれの神が合流するのは北面の壁で、そこには神々の中で最も重要とされる嵐と山の神テシュブと彼の妻である太陽の女神ヘパトゥが刻まれています。又、東壁の中で最も大きなレリーフとして刻まれているのはヒッタイト帝国の王トゥトハリア4世です。
小さい方の神殿の入口には、頭がライオンで体が人間の形をし翼を持つ神によって守られています。西壁には12の神、東壁には剣の神とトゥトハリア4世等が刻まれています。又、この中には3つの場所が作られており、そのひとつは王達の遺骨(又は灰)、別の場所には奉納品が置かれていたと考えられています。
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